お酒と食事

2006年2月28日 (火)

薄い水割り

以前も書きましたが、数少ないこだわりの中に「お酒」があります。このブログを書いている今は、一仕事終えた、ご褒美に「島美人」のお湯割りを飲んでいます。焼酎に関しては後日に

若い頃、都会に研修会に出かけると、「ミーハー気分」も手伝ってバーのはしごをしていました。元々一人で飲む酒です。女性のいるお店は論外です。「バー」のはしごに付き合ってくれる人は、歯科医にはいませんでした。ホテルのバーは東京など早い時間から開いています、中にはお昼からお酒が飲めるところもありました。思いっきり方言で、キオスクでも気後れするのに、お酒の場に関してはそれがありませんでした。「美味しいですね」と平気で言えてました。「ギムレットをウォッカで、アップで無くオーバーでお願いします」エンジン全開で飲んでいました。体力も精神力も有りました。Images

注文する順番も考えていました。バックヤードを見て1杯目を飲んで、用意した数パターンを組みなおします。楽しい作業です。好きなお酒は沢山あるのですが、本当に美味しい「バー」で限界ギリギリの最後に頼む一つに「ウォッカマティーニ」があります。

「見知らぬ街で、これを飲んだらいけないよ!!」頭のなかでアラームが鳴っています。目の前のカクテルグラスに口をつけます。一口目で側頭部に電動シャッターが閉まるのが分かります。きちんと閉まったのを確認して、二口め。後頭部に「冷ご飯」をぎゅうぎゅうに詰め込まれてる感じがします。最後の三口目で、頭頂部の百会から真っ黒なイタコが百人ぐらい降りてきます。かろうじて機能している前頭部の新皮質を使って狭まった視野の中「セブンスター」に火をつけて、「ごちそう様でした」 ギリギリの飲み方を楽しんでいました。

一度計算が狂ったことがあります。知人のお使いで行ったホテルのバーです。思いっきり飲んだ後「ウォッカマティーニ」に入りました。「あれれ?どうしたのかしら?」764407005

「最後の一杯と言われたので、スミノフの黒を使いました」

泊まりをそのホテルにしといて大正解でした。

最後に寄るなじみのバーで、「うすーい水割りね、シーバスで」と注文します。それさえも2年ぐらいご無沙汰です。

2006年2月 5日 (日)

少ないこだわり

Kawachi_1884_2765141 実はお酒に弱いのです。昔は体質的に、ちょっと前は精神的に、今は体力的に弱いのです。

最初九大に入った頃は、開放感からか?すごい飲み方をしていました。きっかけは、寮に住んでおり、最初の新入生歓迎コンパで、100人からの馬鹿酔っ払い体験(つぶれたものはリヤカーに乗せて、近所の女子寮に押しかける)をしました。

初めて酔っ払うものが多いはずの新入生100人近く、次の日、擦り傷程度の怪我はしている人もいましたが、大きな問題も無くむかえました。寮の新歓コンパとして街にも定着してると知ったのは、ずいぶん後でした。暴徒を見たのも、なったのも初めてでした。

年齢的には、1,2歳しか変らない先輩達が、きれいに仕切っていたのでしょう。

家系的にお酒のダメな一家です。それでも、「暴徒」になった自信は大きく、陸上部に入ったことも手伝って、無茶飲みをしていました。金が無いので酒屋さんの道路端で「サッポロジャイアント」を飲んでいました。ビール瓶は「ジャイアント」しか在り得ない生活でした。

大人になって落ち着いた飲み方に変り、弱いけど「酒の味」が好きな自分に気づきました。こだわりの薄い私が、初めて「こだわり」を見つけたのが「お酒」でした。一人で飲むのが多くなり、東西を問わず、美味しい酒を探し始めました。当時は、手に入るお酒が少なく、手段も限られており、何より値段が今の倍はしました。

運良く最適なお店にめぐり合い、酒との付き合いは益々深く本格的になっていきました。

写真は、20年ぐらい前「洋酒辞典」を眺めていたときに、「かっこいい名前だな」と思っていたスコッチです。手に入りやすく、値段も手ごろで、持込でキープさせてもらってました。

名前は 「サムシングスペシャル」  カタカナ表記でもカッコイイ。

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