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2006年2月

2006年2月28日 (火)

薄い水割り

以前も書きましたが、数少ないこだわりの中に「お酒」があります。このブログを書いている今は、一仕事終えた、ご褒美に「島美人」のお湯割りを飲んでいます。焼酎に関しては後日に

若い頃、都会に研修会に出かけると、「ミーハー気分」も手伝ってバーのはしごをしていました。元々一人で飲む酒です。女性のいるお店は論外です。「バー」のはしごに付き合ってくれる人は、歯科医にはいませんでした。ホテルのバーは東京など早い時間から開いています、中にはお昼からお酒が飲めるところもありました。思いっきり方言で、キオスクでも気後れするのに、お酒の場に関してはそれがありませんでした。「美味しいですね」と平気で言えてました。「ギムレットをウォッカで、アップで無くオーバーでお願いします」エンジン全開で飲んでいました。体力も精神力も有りました。Images

注文する順番も考えていました。バックヤードを見て1杯目を飲んで、用意した数パターンを組みなおします。楽しい作業です。好きなお酒は沢山あるのですが、本当に美味しい「バー」で限界ギリギリの最後に頼む一つに「ウォッカマティーニ」があります。

「見知らぬ街で、これを飲んだらいけないよ!!」頭のなかでアラームが鳴っています。目の前のカクテルグラスに口をつけます。一口目で側頭部に電動シャッターが閉まるのが分かります。きちんと閉まったのを確認して、二口め。後頭部に「冷ご飯」をぎゅうぎゅうに詰め込まれてる感じがします。最後の三口目で、頭頂部の百会から真っ黒なイタコが百人ぐらい降りてきます。かろうじて機能している前頭部の新皮質を使って狭まった視野の中「セブンスター」に火をつけて、「ごちそう様でした」 ギリギリの飲み方を楽しんでいました。

一度計算が狂ったことがあります。知人のお使いで行ったホテルのバーです。思いっきり飲んだ後「ウォッカマティーニ」に入りました。「あれれ?どうしたのかしら?」764407005

「最後の一杯と言われたので、スミノフの黒を使いました」

泊まりをそのホテルにしといて大正解でした。

最後に寄るなじみのバーで、「うすーい水割りね、シーバスで」と注文します。それさえも2年ぐらいご無沙汰です。

2006年2月26日 (日)

県の集まりの効能

3年間市郡の理事をしました。順番的にも年齢的にもそろそろ、しなくてはいけないかな?の時期でした。その関係で県の委員会にも名を連ね、集まりや、研修会に出ました。自慢してはいけないのですが、県の行事に開業して12年間数えるほどしか出たことがありませんでした。出たものも「学術」関係のみです。他は出る気が無かったのです。今回でた研修会は「学術」からは程遠いものでした。「あ~あ」と思っていたのは事実です。お仕事だからねと自分に言い聞かせていました。ところが!!

出席したものは全て何かしら役に立って?います。診療とは直接は結びつきませんが。考えを膨らませてくれたり、ヒラメキをくれたり、行動を変えてくれたり。自分への教育に大変貢献しています。資料をそろえて、講演するからには、発表もすばらしい(一人を除く)ものでした。食わず嫌いを反省しました。委員会も「へー」と感心することが多く、メンバーに恵まれたのか、全然思っていた感じと違いました。

「興味が無いからしない」から、「しないと興味は湧かない」に変りました。行動を最近考えはじめました。

土曜日の最後の医療審議委員会の集まりに、宮崎までJRで行きました。帰りの列車が長いこと「都城駅」で止まりました。駅員さんに聞くと、20分ぐらい調整で動かないとの事。家族に迎えに来てもらおうと、ホームに下りると、どこの国か分からない(当たり前)黒人の人がベンチに二人座っていました。その内の一人が「鹿児島中央まで行きますか?」と尋ねてきました。「うん、行くよ」 「これは、エクスプレスですか?ふつうですか?」「ふつうだよ」75256815

何で都城に?二人ともニコニコしながら、列車に乗り込みました。日本に来た彼らには、何もかもが興味の対象なのでしょう。行動すると、色々起こります。後始末で差が出る。

パラノイア(変質狂)

Cd_rca_moonglow 今でも車の中にいる日曜の午後2時は、FMに切り替えます。山下達郎の「サンデーソングブック」。大学生の頃、きちんとはまったのは「タツロー」と南佳孝でした。写真のアルバムは1979年リリース「MOON GROW]。先輩に「行けないから、あげる」と言われてもらったのは「山下達郎」のコンサートチケットでした。何の予備知識も無く会場に行き、座ったのは一番後ろ、手すりの前の席でした。コンサートの内容は全然覚えてないのですが、その後の経過を考えると、たぶん感動したのでしょう。

あまりオリジナリティーのあるほうではありません。独創性に乏しいし、「センス」が無い?と言って2番煎じのポジションも嫌い。突っ込める体質もなく、欲求も無い。

後輩の車に載せてもらった時に、かかっていたのは「歌曲」でした。僕の頭のなかでは「歌曲」と検索しても「該当する項目はゼロです」の表示しか出ません。「高校生の頃はよく聞いてました。長距離を走るときは、便利ですよね」 口あんぐりの僕に、カセットを代えてくれました。

「なんてったて~アーイドール」小泉今日子が流れてきました。

上のアルバムの中に「YELLOW CAB]と言う曲があります。その中に「拾ったタクシー、パラノイア」と言うフレーズがあります。当時読んでた本には、このての単語が良く出ており、意味は知っていました。

「パラノイア」本物にそばに来られると迷惑ですが、自分の中で足りない資質かなと思っています。今日長男が「デュエルマスターズ」のカード大会に出かけました。1回戦で負けまたそうです。試合を最後まで観戦してあたった奴が結局優勝者だったそうです。家に帰ってくると無表情にかなり悔しがりながら、「カード」の組み換えとチェックを始めました。少し彼の「パラノイア」を見習おうと思いました。私にも彼の血が流れている?はずです。

「数字」が苦手です。「数学」が苦手だったのは「体質」だったのかなと、いま思えます。最近読んだ本に、「本当に成功している人は、ほとんどが数字のパラノイア」と言う文章がありました。人格や、仕事、企業理念、法則などに目がいきがちです。実際に共通するのは異常なほどの「数字へのパラノイア」ぶりだそうです。

「経営者として数字に弱いは、致命的」「弱いと口に出すことから辞めましょう」「あなたのそばに数字のパラノイアが来たらどうします??」

知り合いと車の話をしていました。僕自身は「車」に興味がありません。彼のマニアックな楽しい話を興味深く聞いていました。散々盛り上がってるときに「でもさ~減価償却や、部品消耗度、維持費、利便性、色々計算すると、今の車は1キロ走行当たり○○○円になるんだよね」「え!?!?」と言う顔をしていると、「土持君も計算してごらん、僕は全ての物をキチンと毎年計算するよ。教えてあげようか?」

ほんの身近に「パラノイア」はいました。「数字」が好きです。僕は数字が好きです。僕は本当に「数字」が大好きです!!!!!

2006年2月25日 (土)

求む歯科衛生士さん

今年の4月には受付1名、歯科衛生士さん7名(パート2名)看護士さん(パート)掃除のKさんと、スタッフが10名いました。Kさんは除くとしても、チェアー4台で少しお馬鹿な状況でした。今年の4月には衛生士さんが4名に!!結婚、出産、予定外、読みの甘さなど、経営者としてすこしとほほです。「働け院長」のキャッチフレーズのもと少し頑張っています。でもね、あと一人は欲しいところです。

「腕の立つスタッフ」を求めていました。なぜ?「患者様からの褒め言葉」が何よりも衛生士さんの、モチベーションを上げると思っていたからです。今でも基本的には変っていません。特に「メンテナンス」に重きを置きだしてからは、院長の仕事は「挨拶」だけになってます。

開業してから上手い具合に優秀なスタッフに恵まれて、歯科以外の「教育」、医院の風土に頭を使うことがありませんでした。チーフ任せ、スタッフ任せでした。自分自身も、思いっきり「歯科」に偏りすぎてました。自分自身への教育が足りませんでした。すこしひずみに気づき始めました。新人を受け入れるときの下地がありません。なんとなく上手く回ってるだけです。

不規則に高速で回ってる「縄跳び」にいきなり入って来る新人は、大変です。今までがラッキーだっただけでした。

私は「あや飛び」ができませんでした。今でもできないはずです。できる人には不思議に写ることでしょう。「練習、努力が足りない」「考えが足りない」「経験が足りない」「思いが足りない」 できない私には、何のアドバイスにもなりません。私自身ができないのが不思議なのです。行き着く判断は「無理」「向いてない」・・・・・・1631176229

この1年半で、かなり変りました。人を見る目が無いのは相変わらず(よっくスタッフに笑われます)ですが、院長だしね。  歯科衛生士さん募集です。

2006年2月24日 (金)

歯科用デジカメは!!

323936355 ポラロイド社が、経営不振に陥ったニュースを見たのは3年ぐらい前でしょうか?

「ポラロイド」何とも「すいたらしい」響きの言葉です。数年前にはかなり価格もこなれてきましたが、フィルム代が許容外でした。チェキが若い子の間で大流行しました。今では携帯がとってかわっています。

「パシ、キャチャコ、ジー」という音、意味無くフィルムを振る動作、ツルツルした白い余白。徐々に浮かび上がる甘酸っぱい時間。微妙な感じの出来栄え。奇妙な感じが好きでした。「すいたらしい」という言葉がぴったりです。

普通のカメラ(銀塩カメラ)も存亡の危機です。どこか大手が生産をやめてデジカメに100%移行を表明したのは今年のことでは?当院も院内の写真をデジカメに移行して、2年がたちます。

以前は「メディカルニッコール」という、専門機種を使っていました。レンズとストロボがきわまっていて、これ以外は「????」と思っていました。友人達もほとんどこれでした。こだわる人は「フィルム」にも一家言を持っていました。写真ではなく、「スライド」用です。

大きなスクリーンに映されると、10年も前の症例との比較を考えるとフィルムへの執着もうなずけます。スライドの白い淵に、日にちや名前を書き込む作業が、嫌でした。いつもスタッフに助けてもらっていました。来る患者さん全てに口腔内写真を取っていました。膨大な量になります。少し迷惑だったみたい。

今は楽チン。デジカメです。多くのメーカーが参入してきました。スライドに慣れている私は踏ん切りがつきませんでした。どれもこれも????が沢山付いたからです。知り合いが3台くらい買って、全部却下していました。恐ろしくてそんなまねはできません。「いいのがないかな~」と悩んでいたところに、今の機種が現れました。偶然にも前出の彼が落ち着いたのと同じでした。カメラは奥が深いです。知識がある人ならどんな機種でも使えるのでしょうが、私は知識が氷点下です。

昨日メーカーの方が来られました。「ミラー観がすこし暗いようなので設定を変えときますね」確かに暗くなるときがありましたが、手をこまこまねいていました。1,2分ピコ、ピコと電子音を鳴らしながら、いじってもらいました。

メーカー 「はいできました。これで解決するとと思いますよ。」

私     「ありがとうございます。どうすればいいんですか?」

メーカー 「かけっこのマークに合わせてください」

このデジカメが、ますます大好きになりました。9263_p

[松風 アイスペシャル」検討中の方は、ご参考に

2006年2月23日 (木)

好きな花と歯科治療

919211638 患者さんとの話の取っ掛かりに「犬と猫とどちらが好きですか」と良く聞きます。質問をくり返ししてしまう、患者さんもいます。

「犬だって何回言えば分かるの!!」

僕は猫が好きです。道端で猫を見つけると必ず声掛けします。しなかったことはありません。猫はあまり鳴きません。声掛けしても、「にゃおー」と返事をしてくれることは「ゼロ」に近いはずです。大概はちょっと見てくれるのですが、ぷいと自分の事に戻ります。犬みたいに「ワンワン」言いながら走ることはありません。「ニャンニャン」鳴きながら走る猫を見てみたいものです。

子猫のうちは「にゃーにゃー」言ってうろついてますが。その内静かに行動します。ご飯をもらうときしか鳴かなくなります。それでも本当に猫が好きなのですが、患者さんの多くは「犬派」です。おまけに内の長男は「猫アレルギー」です。

もうすぐ終わりになる、患者さんも「犬派」でした。とても可愛がっておられるみたいです。お洋服を着せるぐらい・・・お互いにいい関係なら口を挟むことではありません。

その方に「好きな花は何ですか?」とお尋ねすると、「ガーベラ」との答えでした。2年近くかかった治療です。よく頑張ったよなとお互いに思います。歯科が苦手で担当スタッフになついてくれた?のが良かったです。今日大まかな治療が終わるので、お花をスタッフが準備していました。「赤いガーベラ」がブーケの中に入っていました。「まあ知ってたの?」

違います、偶然です。とても喜んでいただけました。こちらも本当に嬉しいです。

「ガーベラ」は僕も好きです。花だ!!と言う感じですし、花びらが少し厚みがあるのが気持ちいい。1900年ごろに「南アフリカ」の金の採掘場で発見。「ドイツ人」の名前が由来。

2006年2月22日 (水)

歯科で検索に引っかかる

2月8日に立ち上げたHPが昨日から「グーグル」に引っかかり始ました。「都城、歯科」だとダメですが、「都城、歯医者」だと上位で引っかかります。すこしうれしい。「歯科」でも引っかかるようにもう一工夫かな?「ヤフー」は全然ダメです。さて考えましょう。

大昔に「ライブドア」で作ったブログが、検索で引っかかりました。このブログと題名も似ています。3行ぐらいで、本当に何でも書いていました。半年ぐらい続けています。患者さん向けに歯科のことも多く書いてます。長いことほっとかれて忘れてたのに見つけたときは変な気持ちでした。当時は全くPCが苦手で、写真の処理などできないし、飽きてしまったのかな?読み返すと結構良い事が書いてあります。

「さるさる日記」にも書いていました。http://www.diary.ne.jp/こちらは完璧な日記として書いていました。手書きの日記もつけていたのですが、悪筆過ぎるので、読み返すたびに内容より、字体に自己嫌悪に陥ります。記録としても、読めないので役に立ちません。文章のような物が載ってるお絵かき帳みたいなものです。5年連用日記を4年で3冊買いました。

さるさる日記は3年以上(一回PCが壊れて復旧できずに再開)続けていました。悪口や愚痴も書いていました。長く続いた理由は、文章になっているからかな?メモや、出来事の羅列ではすぐに飽きてしまうみたいです。いま日記兼メモ帳を持ち歩いているのですが、毎回後付です。思いつきノートになってます。「さるさる」は完全に消してしまいました。このブログを始める事もいいタイミングになりました。内容は保存していません。楽しい出来事なども、書いてあったのですが、一月に一回ぐらい、愚痴を書いていました。読み返すと気持ちも分かるのですが、間違ってる愚痴も多い。

昨日今日と集まりです。好き嫌いせずにまず出ましょう。

2006年2月21日 (火)

歯科医の集まり

477620284009_ou09_pe0_scmzzzzzzz_ 土曜日に、勤務医時代にお世話になった歯科医院出身者の同門会がありました。数は30人以上いるのでは?出席者は、今回は19名でした。今回のテーマは「光重合レジンの上手な処置」小さな前歯の虫歯につける白いプラスティックのことです。

虫歯は作らないにこしたことはありませんが、早期発見も「光重合レジン」の進歩で、かなり大事かなと思っています。

あまり歯科医の集まりに参加しないのですが、この会は、良く出ます。この2年間会長だったというのもあるのですが。理由は飲み会が楽なのです。そして楽しい。今回1次会の設定に少し「失敗」しました。自分で手配したので少し反省。2次会は行きつけの変なバーにしました。次の日ゴルフ(私は不参加)と言うこともあり、2次会でお開き、タクシーに乗って、10時半には家に着きました。

家に帰っても家族がいないので、寝るだけです。テレビをオフタイマーにして、布団に入ります。枕元に、スタンドを置いて買った本を読みます。それが写真。

色々ビジネス書はあります。乱暴に言うと結局どれも同じことを書いてあるのかな?それでも、何人かの本は、続けて買ってます。その中のひとりがこの人です。基本は「ちゃんとしなさい」を啓蒙してます。前作の「裏帳簿・・・」はよく理解できなかったのですが、今回は時期がよくて少し理解できました。このての本を読むたびに、「忘れてるね」と実感します。この本の中でも「本やテープや、セミナーに通ってるだけの人」を戒めています。これほど自分がマイペースで行き当たりばったりとは、大人になって再痛感しました。麻雀に凝っていた頃は即断即決(当たり前か?)の人だったのに。

学生の頃、抜け番の時に「牌譜」をつけていました。一人でつけるのですから、二人分です。完璧では無く、暇つぶしだったのですが、結構楽しい。観察するのが好き?麻雀は勘や経験や運も気合も大事ですが、考えてる人が、上手く行くように思ってました。当然考えはすぐ行動にうつします。仕事も麻雀のように、しないとね。

もうすぐ、海底前です。次の半荘が最後です。今まで少しプラスかな?マイナスかな?点棒計算が雑でした。

子供がこの本を見て「お父さん儲かってないの?」  「まあね」

2006年2月20日 (月)

言葉のイメージ

朝4時におきて、駅に向かいます。歩いて10分ぐらいです。今朝は暖かく、大好きな天気の悪そうな風の強い曇り空です。24時間のジョイフルで時間をつぶします。大概は読書に当てるのですが、もう一つの楽しみは、「ききみみ」を立てることです。今日も、二つ離れた、前の席に「若お水系の女の子が二人」左に二つ離れたテーブルに、男の子の二人組みでした。指定席には毎回違う人が突っ伏して寝ています。

二組とも、話している内容は「異性関係」です。毎回ほとんどこの手の話しか聞けないのですが、とても面白い。世の中この手のことは、男は女にかなわないなというのを実感します。

男はどんなに詳しく話しているつもりでも、時系列の出来事と、自分の単発な気持ちを話しているだけです。それもかなり、本心と違う?そして、相方はあまり深く聴こうとしません。確かに男で同姓の恋愛話を深く聞こうとする奴はいないのでは?当然、ぼんやりとした、話に終始します。

女性は違います。まず本人が結構情報開示します。そこまで言わんでいいのに!!100%とは正直にとは行かないまでも、聞いてる赤の他人にも「状況」がわかります。今回は、相方もよく、きちんと事情徴収してくれてます。たまに、「愚痴」につき合わされてる人もいますが、多くは律儀に聞いてくれてますし、深く聞こうとします。質問とかしてます。ディープな話でも、臆せず話すし、堂々と聞きます。

以前「それは、一体全体どうなんの??」的な話を女の子がしていました。「よし!!」と言って当事者の子が口にしたのは・・・・・

「次は、アメリカンにしよう」でした。ドリンクバーにお替りをしに行きました。相方も、「これじゃ寝れんから起きるのはまた夕方やね」と言いながら、注ぎに行きました。その後安易で強力な解決策も出ました。本当に「かなわんわ」と思いました。

隣の男の子の呼び名は「じゅん」漢字はどんなか分かりませんが。多分「純」そしてテーブルには「メロンソーダ」が二つ。お話の内容も「メロン」な内容でした。こちらの先入観かもしれませんが、「じゅん」「めろんそーだ」「まるぼろらいと」ひらがな表記にすると、益々イメージが決まります。「言葉」は言霊」大事にしようと思いました。

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いつか「剛三」「エスプレッソ」「ショッポ」の男の話を聞いて見たいものです。

2006年2月19日 (日)

庭の手入れ

自宅の庭が、とても広い。その上色んな植木が沢山あります。自分達でしつらえた庭ではありません。私も妻も、全然興味が無く荒れ放題になります。さすがにこれでは?と思うと植木屋さんにお願いします。今まで色々な業者さんにお願いしました。本当に出来上がりに差が出ます。興味の無い私でさえ違いが、はっきりわかります。高ければいいもんではないなと思います。ひょっとしたら、素人が気づかない手が入っているのかもしれません。

この前お願いしたときに、真ん中の大きな松があまりに雰囲気が変ったので質問してみました。「コツは何ですか?」少し失礼な質問ですが。

「空を考えて、手を入れる」でした。

高い木は当然下から眺めるものです。空にどう映えるかを、普段見るであろう視線の高さを意識しておられるそうです。「この松は庭の入り口と、縁側からよく見るはずです。周りに木はないし、空を意識したかな?」

ただ単に形を整えるのではないそうです。奥の木と、手前の木、横の木と高さや低さ、どう見えるか、周りとどう関係しているかを考えて「カット?」を変える。高い木なので、脚立に乗らなくてはいけません、手を加えているときは、目線は木の上です。脚立から降りて見上げて、出来栄えを判断されるそうです。庭全体を見渡していわれました。「春になったら奥のほうをしようか、庭全体の雰囲気がまた変りますよ」

お手入れのための「カット」も当然あるそうですか、ベストのときにどうなるかをイメージされるそうです。「センスと経験と技術」歯科にも通じるものがあるのかな?植木屋さんではなく「庭師」さんです。「お宅の庭はやりがいがあります」お褒めの言葉を戴いたのですが、元々あった庭だし、荒れ放題にしている事に、恐縮するだけです。

褒められて、改めて見ると確かに「立派な庭」かもな。荒れる前に定期的にお願いしようかな?僕と患者様との関係の逆バージョンでした。褒められると人は動くのか?脅かされて動くのか?二者択一を考えるから「泥沼」にはまるし、疲れるし、思考が停止します。

3回連続で矯正相談の「ドタキャン」でした。興味のある、やりがいを感じる症例でした。主訴とは違いましたが、原因除去は、将来のためには「矯正」と「顎位」しかありませんでした。仲良くなる前に、提案したのがいけなかったのか?相談は時間をとってるので、少しね・・・準備した参考資料をみて「まいっか。次の人に使えるし」

527611628 庭の手入れの、予約をしなくちゃ。

2006年2月18日 (土)

ミモザの思い出

1069250900 「ミモザ」オーストラリア原産、合歓の木の俗名が「ミモザ」。黄色い球形の花がこぼれるように咲き、時期としては3月だそうです。名前は知っていましたが、実物を見たことがありません。たとえ見ていても意識に残ってないのでしょう。花に全然詳しくありません。

小学校1年と3年のときに担任だった「谷口先生」がとても植物に詳しい先生でした。理科の授業で、野山によく出かけてました。とりあえず、目に付くもの、手の届くもの、なんでも名前を教えてくれました。残念なことに「キツネノヨメイリ」に毒がある事しか覚えてません。授業の一環とはいえ、50人近くの子供達を引き連れて、天気のいい日は、何度も課外実習?でした。本当に草花や体育や実験や工作の好きな先生でした。

大きくなって、一度先生の新築のお宅に遊びに行ったことがあります。これは、やりすぎちゃう?というくらいに花や草や木やその他色んな植物が庭中にまけ出てました。相変わらずすごい先生だなと思いました。

「ミモザ」という名前が最初に、身近になったのは、行きつけのお店でした。名前は「ミモザ館」20代後半から30台真ん中ぐらいまで、あまり人間的に進化が無かったのはこのお店のせいです。1129018784

シャンパン 1/2 オレンジジュース 1/2 「ミモザ」のレシピです。作り方は簡単ですが、絶対家で作ってはいけないカクテルです。

シェーカー、やミキシンググラス、バースプーンなどそろえました。何を作ってもぴんと来ない。何か美味しくない。普通の家庭の台所で作るわけです。後ろでは炊飯器が湯気出してるし、バースプーンは、しゃもじと同じ所に立ててあるし、横では子供達が「サザエさん」を見てるし。結局ジントニックや、ウオッカリッキーしか作らなくなりました。

今日喫茶店でお昼ご飯を食べていたら、「ミモザに行かれてたんですか?」とマスターに話しかけられました。「ミモザ館」が無くなって、10年経ちます。

2006年2月17日 (金)

よい手相だね!!

844868911 子供の患者さんがくると手を見ます。「よい手相だね、頑張ってね!」意味は全然通じてないのですが。「福耳だね、お金が貯まるよ!」これもよく言います。言われた本人は「なんじゃそれ?」です。

言ってる僕自身も、実はその手の(シャレではありません)判断に極端に冷ややかです。なるべくニュートラルな立場を取っています。確かに、ご高齢の方に「福耳」が多いのは、事実かなと思います。そして静かな極悪人もほとんどが「福耳」なのは、テレビでよく見る光景です。

「占い」については、利用はしても、支配はされない。

年末に「TVタックル」で霊能者特集を組みます。毎年楽しみにしています。今年は、見れそうに無かったので「録画」しました。「トンデモ本」の主人公達が一同に会して、面白い話を繰り広げてくれます。今年は少し盛り上がりにかけました。放送できない部分が多かったのか?編集に疑問を持ちました。昔はもっとディープな人たちが出て、毎回支離滅裂な終わり方でした。同日放送の「M-1グランプリ]と同じくらい楽しめます。

不思議な体験をした事がありません。怖い経験もあってません。霊能のかけらもありません。高校のときによく「金縛り」になってました。「びっくり」しましたが、2回目からは「あ~あ、寝よう」と思っていました。そして毎回普通の朝が来ていました。一度その話を父にしたことがあります。父が言うには、「お前が赤ん坊の頃からお化けや幽霊の話で躾をしたことはなかった」「だから、お前はその手の物を怖がらないんだ」確かに、暗いとこや、寂しい所も、怖がらない子供でした。そして・・・

「人間が本当に一番怖いんだ、と小さい頃から教えてやった」

マフィアじゃないんだから、もう少し「マイルド」な子育ては、出来なかったのでしょうか?ところが私も自分の子供に似たようなことを少しマイルド?に言ってます。

「お化けとか幽霊とかいたら、連れて来い!!たとえジェイソンが来てもパパは戦うぞ」

娘が冷ややかに言います。「ジェイソンこそ絶対いないし・・・」この方面の子育ては、微妙に上手くいってる気がします。

2006年2月16日 (木)

移動中の本

770699630 宮崎から、どこかに行くには飛行機しかありません。福岡には高速バスはあります。福岡着後は、大変便利です。しかし自宅からバス停まで30分かかるし、バス停の駐車場が狭く「王手」をかけられてる数台の車を見ると留める気がしません。遅く着くとタクシー代が・・何より移動中の読書?に気をつかいます。

乗り物では普段買わない週刊誌を買うようにしています。左の雑誌が代表格です。他にも「アサ芸」「実録ドキュメント」私にとって、たとえ研修会目的でも、楽しい遠足です。他の人に話したら「俺も絶対買うよ」と一人だけS君が言ってました。

たまに女性と隣同士になると「読書」は変更せざるおえません。ワンカップ片手にに「アサ芸」読んでる中年親父の横に3時間半。座る女性に気の毒です。「こいつアサ芸読んでる」と思われるのも(事実読んでるんですが)何か嫌なので、「サライ」を取り出します。「旧家に見つけた大人の作法」など遠足気分とは、かけ離れた記事を読むことになります。横の女性が眠り始めると、そおっと「実話」に変えます。全部読むのに30分もかかりません。読み終えて少し満足します。

机にきちんと座って「実録ドキュメント」や「アサ芸」を読んでいる人が日本にいるのでしょうか?「移動」と「普段買わない週刊誌」は私の中でセットなのです。

1318449624 昔1年間、横浜に通っていた頃、飛行機の雑誌が「週刊朝日」しかありませんでした。その当時は「文春」と「宝石」以外の週刊誌は買って読んだことがありませんでした。「週刊朝日」は敬遠している部類の雑誌でした。パラパラ、めくってる時に、ぶつかった連載が、左の西原理恵子、神足裕二の「恨ミシュラン」でした。「サイバラ」を知ったのはこの時が始めてでした。『金魂巻」も読んだことはありましたが、「コータリン」は記憶には入っていませんでした。

ちょうど東京に向かう飛行機です。連載の中に出てくるお店がある東京。ほとんど初めてに近い東京。少しワクワクが増した気がしました。

医院の本棚に西原さんの本が結構あります。出せないものの方が多いのですが、「ぎりぎり」のものでも、評判がいいです。「毎日母さん」早く始まりますように。

2006年2月15日 (水)

バレンタインデーの夜明け

昨日スタッフにもらった、チョコと焼酎で、この文章を書いています。

バレンタインデーを始めて意識したのは、「中学2年」です。なぜ意識したのかは、いつか書くとして。田舎の学校なので、基本的にダサく、私自身、異常に幼かった気がします。当時の先生方も同じかな?大人も子供も初めてのバレンタインデーを迎えました。

校則が厳しい田舎の学校なので、以前に「バレンタインデー」の風習があれば、当然「持ち込み禁止の」お達しがあるはずですが、何もありませんでした。去年までは2月14日は普通の日でした。

なぜ1972年の五十市中学校に、バレンタインがはやったのか?わかりません。正月開けると、急にみんなの話題にあがるようになりました。2月といえば「鬼は外」しかなかったのに、カタカナの行事は「クリスマス」しか無かったのに、突如現れた「バレンタインデー」!!食べるものは、豆(落花生とビガー)では無くて「チョコレート!!」節分が2月の一大イベントから落っこちたのも1972年かもしれません。

女子の状況は今も昔も解りませんが(誰か教えて) 男子は戦々恐々です。今より明確に「好きな人にあげるらしい」というコンセプトはありました。「らしい」の時点で少し情けないのですが。誰も経験してないのですから、仕方がありません。「複数からもらうこともあるらしい!!」これは一大事です。物凄く、とんがった「ヒエラルキー」が2月15日には出来上がるのです。

粛々と過ぎる1972年2月14日。どうやって渡すのか?誰がもらうのか?誰が持ってきているのか?チョコは明治なのか?ロッテなのか?(ゴディバを知ったのは、バーでした。リキュールでした。30過ぎてました)チョコは「好き」の証なのか?もらった男子はどうするのか?意気投合した二人はどうなるのか?「明日はどっちだ!!」

自転車に乗って学校から家に帰ると、妹と母に「ハッピーバレンタイン!!」と値札つきの赤い「ガーナ」をもらいました。1070665535 食事の後に家族みんなで食べました。主役らしい僕は少しだけ多く食べました。バレンタインの夜明けは間違った形で、我が家を照らしていました。みかんと一緒にチョコは食べてはいけないのを知りました。

2006年2月14日 (火)

院長の仕事

個別面談で「働け院長」と指摘されてから、とりあえず院長室にこもる、スタッフルームでくつろぐを自粛しました。言い訳をするならこもってるときは、PCを扱ってるんですけど。HPの更新は朝一番か、仕事終了時に限定されます。ブログ、トピックス、Q&A、コラム、更新に1時間はかかります。写真の挿入などPCの扱いにもなれたので、これから内容を煮詰めようかな思ってたのに。

左のほうの更新も少しづつやらないといけんのに。ブラインドタッチができないので、手書き文章の書き換えが、苦手です。

昨日から、心を入れ替えたわけですが、アナグマ生活をやめると、少し効果があります。患者さんと無駄話をするようになりました。床や、チェアーのチェックを始めました。レントゲンの方のパソコンで患者さん資料を見る様になりました。買った当初は、よく見てたのに、最近飽きたのでチェックしてませんでした。電子カルテに連動させてると、もっと便利かな?と感じ始めてます。

個人トレーも「私の係り」になりました。見積書も自分でテンプレートを見つけて作りました。生まれて初めて、書類を作りました。早速スタッフにに自慢しました。でも計画書と、契約書は、テンプレートが見つからなかったので、スタッフに作ってもらうつもりです。

今まで、見積もりも、計画書も、契約書もなかったことが反省です。2号用紙に手書きでした。HPを作って、「料金表」を作成したことがスタートでした。面談で「お金」の勘違いや不統一に気づいたことも、後押ししました。めったに起きないトラブルですが、お金のトラブルは双方に悪影響を及ぼします。

今日の夜は、矯正の説明です。「家族全員できてね」とよく言います。治療内容もですが、お金のことも、複数の人に知ってもらうようにしています。977316919 5年ぐらい前に、1回だけ「びっくり」するトラブルがありました。それ以来、保険外の説明はしっかりするようになりました。

2006年2月13日 (月)

家族と映画

3045300 本当に久しぶりに映画館に行きました。去年の夏に「ナルト(アニメ)」を見に行って以来です。天文館の「東宝」に、6時半の上映に家族と行きました。長男は、「スパイキッズ3」を主張したのですが・・・半分ぐらいの席の埋まり方で、横通路のすぐ後ろの真ん中に座りました。足が伸ばせるから。角のポケットビンを飲みながら、あっという間の2時間でした。

映画は大変面白く、小3の長男も喜んでいました。

映画館は好きです。レンタルビデオは殆ど借りません。といって映画を見るのは年に1,2回です。それも家族と一緒のときだけで「アニメ」が殆ど、「大人の映画?」は久しぶりで館を出るときは、少し酔いも手伝って、上機嫌になっていました。

大昔の三谷作品で「12人の・・」陪審員制度の映画が好きでした。筋は書くといけませんが、「人間ってこんなもんだよね」 最近、人の話を鵜呑みにしないように努めてます。特に伝聞は、信用しないわけではありませんが、フィルターを2重にしています。逆に何でも受け入れられるようになりました。素直な頃は、何でも信じたり、何でも疑ったりしてました。判断する力に欠けていました。この3年で「判断」に沢山誤りを見つけました。

最近の映画館は本当に綺麗で、カッコよくなっています。もう昔の映画館には戻れんだろうなという気がします。自分の子供達の「映画館」のイメージは、これなんでしょう。

大学生の頃、通った映画館は300円 3本立てでした。邦画ばかりと、洋画とに分かれていました。終わりに合わせて始めるので、最初の映画が途中から始まります。右前には「禁煙」の文字が緑に浮かび上がっていました。当然、映写の光の筋の中に、タバコの煙が揺らいでいます。いすも必ずおかしくなっているものがありました。スクリーンの横には、化粧回しのような、カーテン?があり、証明が落ちるとホントに真っ暗で、映画が終わって外に出ると、必ず目がおかしくなりました。3本立てを2クール見て、腰をいかせてました。あちこちでたまに「カランカラン」と冠の転げる音がしてました。

元に戻れないものが、増えてきました。

2006年2月12日 (日)

ワールドカップ

451134368 昔中州のビルの一階の踊り場で、エレベーターを待っていました。「チン」と開くと中から「貴闘力」が降りてきました。エレベーターが箱ごと出てきたのかと思いました.。

すっげー格好良かったのを、覚えています。独特のオーラが出ていて、まさしく「まれびと」という感じでした。普通人のできないことをやる。試合形式(体重無差別)、コスチューム、ヘアースタイル、身体作り(体型も含めて)、食生活、お相撲さんほど「まれびと」の称号が似合う人はいません。その中でも上位に上がる人たちは、何かを持っているのでしょう。貴乃花が小学生だった頃のドッジボールの映像を見ました。戦慄映像でした。

小さい頃なぜかしら相撲がはやるクールがありました。今まで「ドッジ」に熱中してたのに、急にはやるのです。わっかを地面に書いて、意味の薄い仕切り線をひっぱて。運動神経の良い子は当たり前ですが、相撲も強かったです。そして良ければ良いほど強かった気がします。身体の大きさよりも運動神経かな?色んな要素の集大成を図れるのは、スポーツテストや球技ではなく、相撲でした。

飽きっぽい小学生です。相撲のクールは毎回物凄く短期間でした。万人向けの遊びではありませんでした。

筒井康隆の短編小説で「走る取的?」というのがありました。その中でいかに「お相撲さん」が人間離れして強いかのエピソードが出てきます。お相撲さん特集の宝島別冊にも、けた外れの強さのエピソードが科学的に載ってました。「相撲取り最強説」を今でも信じています。今でも夜中にBSで相撲を見てしまいます。

ワールドカップが始まると、たぶん夜中に見てしまうと思います。全然サッカー通というわけでもありません。写真の雑誌「ナンバー」の日本代表特集号を買う程度です。昨日のアメリカとの試合を見て「下り坂は怖い」と思いました。リズムが崩れると軌道修正が効きません。ラッキーなんて絶対起こりません。2点取りましたが、試合は負けです。

新しい仕掛けを、考える前に足元を見直しましょう。

2006年2月11日 (土)

加齢と個人面談

31341248 年を取ると、なかなか変化しなくなります。唯一加齢という変化が自動的に進んでいます。最近お昼にエアコンをスタッフが切ります。確かに節電にはなるので良い事なのですが。「寒くない?」と尋ねると「いいえ、少し暑いです。皆もそう言ってます」 患者様は外から来るので、特にそう感じてるとのと。「患者さんが言ってるのならイイや」と鼻水をすすります。

昨日はパッチをはきました。

最近、一日2食か、1食です。気がついたら、24時間以上食べてないこともあります。果物をジューサーで1杯飲む。サプリメントも定期的には取りません。少ない食事なのに最近は量も減ってきました。考えてやってる行動だし、つらい時期もありませんでした。どうしても食べたいときには我慢をしなかったからかな?身体の方が変化して最近はそんなことも無くなりました。

食わないから、「寒がり」になったのか?歳なのか?

冬でも水シャワーを浴びていました。予備校のときは風邪をうつそうとやってくる友人の対策に、窓を全開にしてランニングとパンツ一枚で笑っていました。車に乗ると、僕の横の窓はすごい勢いで加湿器のように曇り始めてました。サウナに入ると「仮想敵国」を作って頑張ってました、冷たい水風呂でも同じ事をしていました。

変って当たり前なのですが、今日もパッチをはいてます。「院長なんだから、風邪をひいてはいけないし。これは体調管理だ!!」とぬくぬくした下半身が釈明しています。ところが加齢は思わぬとこにも出ていました。

この2週間でスタッフ全員と「個別面談」をしました。一人30分の予定のつもりが1時間を越えるのはざらでした。大きなテーマは「私への注文」です。こちらから何かを注文することは禁じてました。聞きにくい、答えにくい、ぼんやりとしたテーマです。色々おしゃべりに工夫は凝らしました。初めてだったので、スムーズさには欠けましたが、本当にやって良かったと思っています。

「院長は、昔はもっと働き者だった」

一番の仕事における加齢変化はこれでした。言葉は違えど、全員から雰囲気は感じていました。昨日の一番古い(12年!)スタッフが「直球」で教えてくれました。「任せるの」と「任せっぱなし」は違うとも言われました。他にも色々、この人を最後にしといて良かったと思いました。「4月から貴方が出産でいなくなるので、スタッフの補充は・・・」「院長が働けば済む事です!!」

最初に面談に選んだ(意識して)スタッフには「最近色んな事が停滞してる」と言われました。最初と最後で全員の話が通じるものになりました。変わり者は、院長でした。

上の本です。分厚い。3年ぐらい前に買いました。子供を公園で遊ばせてるときに、移動中に、ぼちぼち読んでいました。良いことが沢山書いてあります。3回ぐらい読みました。書き込みもしました。効果のほどは・・・・セミナー(4泊5日?)も参加してる人が大勢います。テンションを頭の中のみならず、身体、動作で沁み込ませるものだそうです。話を聞くと苦手な種類なんだけど。

「身体は覚えている」自転車に一度乗れるとずっとできるように。月曜から、身体と行動を変えましょう。2月一杯は頭も使いますが、3月からは「身体」を使います。脳も身体の一部でした。

2006年2月10日 (金)

浪人と音楽

Nagisa 予備校は福岡でした。宅浪も考えました。都城で宅浪していた同級生に聞きに行きました。「宅浪ってどう?」「別に自由にできるからいい感じだよ。学校嫌いだったし」私も彼と似た感じだったので、これは良いかな?と思いました。

「息抜きは何してるの?」と尋ねると「近所の爺さんと碁を打ってる」 ん~僕は碁が打てません。「それより、土持君いいもの買ったんだ、ほら!」

彼が見せたのは「マージャン牌」でした。私は麻雀ができましたが、彼はしなかったはず。それに田舎で宅浪の身では、面子もいないはずでした。「これで何してんの?」と尋ねると、「大学に入ったら、麻雀するんだ。だから暇なときに出して触ってるんだ、ルールは知らないけどね」

当然、雀卓はありません。雀マットも無く、コタツをひっくり返したうすい緑の布の面に牌を広げて、一人でかき混ぜて積み上げる、しかもルール無用。勉強部屋に響き渡る「牌の音」は僕が今まで聞いたなかで、一番楽しそうな「ジャラ、ジャラ」でした。

「土持君、時間あるかな?麻雀しない?」 僕は予備校に通いました。

福岡の予備校時代は人生で一番面白かった時期です。受験、浪人と言う見えないプレッシャーが味付けしたのかもしれませんが、毎日笑っていました。

テレビはありません。ラジカセは持っていましたが、深夜放送(ナッチャコパック)を聞くためにあるようなものでした。土曜日に「歌謡曲ベスト100」みたいなランキング番組はかかさず聴いていました。100聞くこと自体がダメな浪人生です。音楽をきちんと聞いていたのは、パチンコ屋の店内放送でした。写真の「渚のシンドバッド」も実際にピンクレディーが踊っている姿は見たことがありません。「ああああっん♪あああっん♪」を聞きながらチューリップ(懐かしい)を狙っていました。沢田研二の「勝手にしやがれ」で玉が少なくなり、中島みゆきの「道に倒れて誰かの名を~呼び続けた事が♪」を聞く頃に、場内放送で「小野寮の皆さん、晩ご飯です」と寮のおばさんの連絡が流れます。皆さんだったり個人名だったりしてました。

岩崎宏美の「思秋期」も大好きでした。オフコースの「眠れない夜」も浪人時代でした。そして浜田省吾の「路地裏の少年」。29年前の姪浜は、渋滞がちな国道1本と、平屋と狭い路地の町でした。車が入れない細い道が入り組んでいました。むやみに猫がいました。夜は真っ暗で、区画整理途中の平地に、文字通りポツンと1軒深夜営業のドーナツ屋があるだけでした。

浪人時代は浜省とは全然別の日本的に正当な「路地裏の少年」でした。

パチンコ屋に行かなくなって、20年以上経ちます。大学卒業の年に1年間少しだけパチンコをしてました。パチンコ屋を選ぶ基準は「好きな曲」が流れている事。磯に「竹内まりや」を聞きながら、「尾崎亜美」を口ずさみながら、「佐野元春」にノリながらパチンコできる店がありました。

冒頭の宅浪の彼は、医学部に入って立派な医者になっています。

2006年2月 9日 (木)

流す映像

1603482802 院内のチェアーごとにパソコンのモニターがついています。口腔内写真や、レントゲンなどを写して患者さんの説明に重宝しています。普段はスカパーの環境ビデオもどきを流しています。子供には、毎回おなじ「トムとジェリー」。大人には,「あるある」「ためしてガッテン」特に口に関係するものを流すようにしています。

顎関節症など、私の説明より「ヒロシ」や「志の輔」の話のほうがとおりが良いみたいです。

スタッフも私もさすがに飽きています。

テレビを映るようにすればいいのでしょうが、音声が嫌いなのです。歯科に関係ある場合はまだ良いけど、ワイドショーを聞きながら真面目な話はできません。

新しいDVDを買いました。長年欲しかった「世界の傑作コマーシャル」お得セットの5本組みを買いました。CMなのでどこから見ても平気だし、外国語なので音量絞っても平気だし何より欲しくてたまらなかったシリーズでした。特番などで放送されると、「おもしれー」と感動していたのです。

中身も見ずに、待合と治療室で流しました。セットなので豪華な黒い箱に入っています。箱の後ろに、簡単な紹介記事はありました。「誰でも面白いはず!!」

本当に思いっきり引きまくるくらい「面白い」鉄板で保障します。

上のパッケージはばら売りのものです。写真にもあるように、少しHなCMが多い内容かな?まだいい音声絞れば、まだいい!!残念なことは一部は「ホモだらけ」の映像でした。おまけにDVDに選ばれるだけあって、「しっかり」した作りになっています。作品として完成度の高い「ホモ」のCM。ご批判覚悟で「ホモ」と書きます。

「ビール」に「保険」に「運送会社」に「ジュース」になぜホモを使うんだ!!外人少し考えろ必要か?ホントに必要なのか!!

大阪ミナミのショーパブ「マヨネーズ」にスタッフと行った事があります。有名なオカマさんのお店です。私達の席についてくれた方が、鹿児島出身でした。ドーナツ型の真ん中の開いた座布団を持って、各テーブルを回っておられました。「今はまだね、負担をかけられないから」

覚悟を決められない中途半端な自分。フィナーレで聞いた「ラブイズオーバー」は本当に心に沁みました。

2006年2月 8日 (水)

ホテルの思い出

Photo 開業して2年目、13年前に一年間研修会で横浜に通いました。当時は一番高額の研修会だったのでは?おまけに金曜の最終で行き、月曜の朝一で帰る。東京に3泊すします。おまけに一人ぼっち。地理にも不案内で、とにかく着いた時に便利なホテルを探しました。なぜなら。

最初、旅行業者の斡旋で上野に泊まりました。地図を見ると「駅を出たらホテルは上野公園の向こう側」と頭の中のナビに落とし込みました。最終が羽田に着くのは9時近く、上野駅に着いたのは10時を回っていました。

頭の中のナビが「公園を突っ切ればいいぞ」と指示します。ホントに重い荷物を抱えて、上野公園の中に踏み込みました。思いっきり「迷子」になりました。30過ぎて暗い夜道で迷子になろうとは!!田舎者なので「上野公園」の大きさが判らなかったのでした。ナビが言い訳をします。「中がこんなに入り組んでるとは!!地図では小さかったのに(あたりまえだ!!)」

数人でかたまってる人たちに道を尋ねようとすると、どいつもこいつも「イラン人」怖いからあっち行け!!やっと交番を見つけてホテルを尋ねました。公園の中に交番があろうとは。本当に嬉しかったです。

やっとたどり着いたホテルの自動ドアが開くと、東北弁をしゃべる修学旅行のジャージ軍団が暴れまわっていました。「ここに3泊するの?」食事はホテルの横に「なぜここで店を?」と言いたくなる中華屋が一軒。周りは自販機以外は真っ暗。おまけに横浜までめちゃくちゃ遠いやんけ!!

ホテルは「浜松町」。モノレールから降りて、簡単に行けるとこに決めました。「東京グランドホテル」名前が大雑把な気がしますが、利用し続けました。駅から15分ぐらい歩くし、周りに何にもないし、少し高いし、ところが田舎者には十分すぎるメリットがありました。「東京タワー」が見えるのです。チェックインして祈るように、廊下を歩いていました。なぜかしら?毎回東京タワーが見えるほうでした。静かだし、広いしミニバー!!もあるし、研修会で疲れて帰って、ほっとするには最高のホテルでした。

あれからビルが沢山建ちましたが、今でもモノレールから東京タワーと「東京グランドホテル」が少しだけ見えます。

2006年2月 7日 (火)

初めての車 1

Ty00049 鹿児島大学歯学部に入学して、周りのみんなは免許を取り始めました。今ほど、車の種類も多くなく金額的にも、明らかな「ぜいたく品」でした。

自分の力で買おうにも、今のように「バイト」は多くありません。短期の肉体労働か、長期の水商売(僕の周りでは)しかなく、お水に入ると、学生生活をドロップアウトする人が大勢いて、夜の仕事は最後の手段とみんな思っていました(実は1年半はしました、おぼれる直前で辞めました。その当時のバイトの同期のうち3人は藻屑と消えてしまいました)

写真の車(スプリンターHT1,5SE)のCM曲はジュディーオングの「魅せられて」。四半世紀前のレコード大賞をクリスタルキングの「大都会」を破って勝ち取りました。仲のよかった同級生が「カローラHT1.5SE]を買いました。スプリターの姉妹車です。理由は「ジュディーオングが嫌い」。20歳の学生は「魅せられて」に魅せられる事は、ありませんでした。

初めて乗せて貰った時は「インパネ」の綺麗さに驚きました。「光ってる!!」夜光塗料じゃなく光っているのです。窓も「ボタン」で開くのです。当然閉まるのです。今では当たり前ですが、本当に喜んでスウィッチをいじってました。今は覆面パトにしかないフェンダーミラー(懐かしい)もリモコンでした。そしてなにより初めて新車の匂いをかぎました。

実家の車は「ボンゴと、バンと、軽トラ」3台とも中古でした。仕事用ですから実用一辺倒です。しっかり目立つところに、霞神社のお守りが吸盤でくっついていました。

今でも新車の匂いが好きです。新車の匂いの「芳香剤」があれば絶対売れると思うのですが。新車の匂いを嗅いだ時は必ず脳波にも好影響があるはずです。「ひのき」だの「ラベンダー」だのどうせ人工の癖に、自然を訴える匂いよりも、思いっきり人工的な「新車の匂い」のほうが、人は幸せな気持ちに浸れるのでは?

2006年2月 6日 (月)

時刻表

経路1
乗り換え回数:0回 所要時間:1時間33分 料金:1430
鹿児島中央5:28発 - 五十市7:01着
定期券
maru01 鹿児島中央 5:28発 時刻表周辺地図宿泊施設
電車 1時間33分 JR日豊本線 (普通) 1430 円
maru01 五十市 7:01着

家族が、鹿児島に住んでいるので、土日はそちらで過ごします。五十市駅が近く行きは便利なのですが、朝は上のように少しつらい時間帯です。中央駅までは歩いて15分ぐらい、今朝は雨が降っていたので、送ってもらいました。

ネットで何が最初に便利と感じたかと言うと、「調べ物」です。特に旅行は重宝します。路線検索は、ヤフーよりライブドアのほうが便利です。似たような画面なんですけどね。年に数回東京に研修会で行きます。昔は田舎者に便利なところに宿を取っていました(浜松町、品川など)地下鉄に慣れてくると、宿が変ってきました。

前回は研修会場の関係で永田町に泊まりました。早起きしたので、国会議事堂の周りを散歩しました。高い塀は無いのですが、怖そうなワイヤーがびしっと、張り巡らしてあったこと、おまわりさんが等間隔で立ち番をしていたことが、印象的でした。立ち止まって、家族に携帯をかけていたら、知らないうちに背後に近寄って来てました。

「ここで、ダッシュしたら?」革靴だったので、止めました。

今朝は眠ってしまうと大変なのでお仕事を持ち込みました。1月分の出来事を整理しました。「良かった事」「気づいたこと」「したいこと」「持ち越し事項」「ひらめき」毎日ではありませんが、A-4ファイルに書き留めています。これを整理しました。ただでさえ悪筆なのに、電車の揺れで自動書記のようなオカルトチックな文字が並びます。眺めてみると、忘れん坊な生活が浮かびます。「良かった事」を見ると思いのほか沢山ありました。

2006年2月 5日 (日)

少ないこだわり

Kawachi_1884_2765141 実はお酒に弱いのです。昔は体質的に、ちょっと前は精神的に、今は体力的に弱いのです。

最初九大に入った頃は、開放感からか?すごい飲み方をしていました。きっかけは、寮に住んでおり、最初の新入生歓迎コンパで、100人からの馬鹿酔っ払い体験(つぶれたものはリヤカーに乗せて、近所の女子寮に押しかける)をしました。

初めて酔っ払うものが多いはずの新入生100人近く、次の日、擦り傷程度の怪我はしている人もいましたが、大きな問題も無くむかえました。寮の新歓コンパとして街にも定着してると知ったのは、ずいぶん後でした。暴徒を見たのも、なったのも初めてでした。

年齢的には、1,2歳しか変らない先輩達が、きれいに仕切っていたのでしょう。

家系的にお酒のダメな一家です。それでも、「暴徒」になった自信は大きく、陸上部に入ったことも手伝って、無茶飲みをしていました。金が無いので酒屋さんの道路端で「サッポロジャイアント」を飲んでいました。ビール瓶は「ジャイアント」しか在り得ない生活でした。

大人になって落ち着いた飲み方に変り、弱いけど「酒の味」が好きな自分に気づきました。こだわりの薄い私が、初めて「こだわり」を見つけたのが「お酒」でした。一人で飲むのが多くなり、東西を問わず、美味しい酒を探し始めました。当時は、手に入るお酒が少なく、手段も限られており、何より値段が今の倍はしました。

運良く最適なお店にめぐり合い、酒との付き合いは益々深く本格的になっていきました。

写真は、20年ぐらい前「洋酒辞典」を眺めていたときに、「かっこいい名前だな」と思っていたスコッチです。手に入りやすく、値段も手ごろで、持込でキープさせてもらってました。

名前は 「サムシングスペシャル」  カタカナ表記でもカッコイイ。

2006年2月 4日 (土)

子供との約束

Main01logo 小さい頃、熱中したものは何でしょう?「かった(メンコのことです)」「ビー球」「ソフトボール」「陣取り」要は毎日の遊びに熱中していました。頭を使うより身体を使うものに熱中していました。

都城はシラス台地です。あちこちに、シラスが露出している、小さながけ?(子供心にはそう思っていました)がありました。非常に危険なので、学校からは禁止されていましたが、5年生のときにはまりました。なにに?崖登りにです。

単に、垂直に近い崖を登るだけです。シラスなので、靴で蹴ると取っ掛かりができます。シラスなので当然もろく、さらさら崩れる悲しい取っ掛かりに、崖の途中でヤモリの様にへばりついていますが、そのうち落下します。下は柔らかなシラスの山な事、そのスロープの先は小川でした。硬いものは無いのですが、河まで転げ落ちると・・・・・・「ものすごく楽しい」

そのうち頂上のほうから縦穴を掘り、崖の斜面に出るように横穴を掘りました。そこを目指して、また1年生から6年生まで(当時は兄ちゃんが弟を連れてくるのは当たり前でした)登り始めます。あきると、「別の崖」を探すのです。その内エスカレートして「これはいかんだろ」的な崖が見つかります。ゴレンジャーが出てきそうな雰囲気の崖です。

その週の朝礼で先生から「シラスで事故にあった、怖い話」が披露されます。タイミングばっちりです。子供同士の噂話が広がり、「これはいかんだろ」の崖は登られることはありませんでした。

上の写真は、私の子供が今熱中しているカードゲームです。知識と、経験が要ります。大人も少し慣れるのにたいへんかも。明日は福岡ドームでイベントがあるそうで、朝5時起きで連れて行きます。「こいつが崖にへばりついていたら?」止めはしません。「ものすごく楽しいから」でも心配。身体を使うことは「脳みそ」が楽しいと思うわけで、楽しければ楽しいほど、子供の脳みそはフル回転で働いているのですが。「デモね、シラスは危険だよ!!」先生の気持ちが今は理解できます。

2006年2月 3日 (金)

野球中年

Pict0046 趣味は、今ありません。詰まんなく聞こえるかもしれませんが、本当です。

3年前なら読書と言えたかもしれません。平日は無理なので、土曜日から日曜日の朝方まで、読みきらないと気がすまない?難儀な読書でした。マークス、ガダラ、火車、ラララ、分厚い本を買ったときは、お昼に仕事が終わってから、ずっと読んでました。日曜の朝には、読みきらないと子供と遊べません。

旅行に行くときも必ず本を持って行ってました。ホテルで子供達が寝た後に、明け方まで読みました。外が白むのをホテルの窓から見ながら、読み終えた本を閉じるのが、とても幸せでした。そんな読書を3年前に「プッツリ」と辞めました。

さて上の写真です。唯一やっているスポーツが「野球」です。宮崎県歯科医師会の野球部に所属しています。

Pict0047 画像が荒くてわかりにくいですが。

「最優秀選手賞、九州歯科医学大会、野球、佐賀」平成6年 10月23日 と彫ってあります。

初めて出た佐賀で行われた、九州各県歯科医師会野球大会で最優秀賞つまりMVPになったのです。ポジションは投手。

野球は未経験者だったのですが、勤務医の頃の院長の縁で入部し、2年の幽霊部員時代を経て、たまたま身体が強くて投手(他がダメすぎ)そして棚ボタで優勝投手になり、トロフィーをいただきました。試合に出れるとはましてや、MVPとは夢にも思ってませんでした。次の日は「ゴルフ」の予定を組んでいたぐらいです。

今年は宮崎県が開催県で、10月29日にあります。

体力の衰えは、年々きつくなります。足が本当に細くなりました。オフのつけがすぐに身体に出てきます。今年は体重には気をつけていましたが、そろそろジムに通わないと、筋肉は間に合いません。星のめぐりは優勝した時と同じです。それだけが心の支えです。

2006年2月 2日 (木)

本を聞く??

2042 iPodを買ったのが年末でした。大掃除の途中蛍光灯を買いに100万ボルトに行きました。ちょうど「ナノ」が追加されて少し経った頃かな。音楽を聴く習慣がありません。特に社会人になってからは皆無です。学生の頃も、部屋の中か車で歌謡曲を聞くぐらいでした。「趣味音楽鑑賞」と書く人の意味がわかりません。

衝動買いで今の旧式iPodを買いました。今まで音楽に興味が無かったので、入れるCDが有りません。20GBもあるのに!!まずは英会話の聞かなかったCDを入れました。昔のディスコ全集を入れました。寺尾明ベスト、、娘の「ケツメイシ」昔のCDを探し出しても、iPodのお腹はスカスカです。

20GBぶん入れても聞くはず無いじゃん!!それでも何か入れたい・・・・

読んでいる本(主にビジネス書)の要約をCDに起したものが売っています。最初はテープを買いました。それに合わせて、一番安い中国製偽ウォークマンを買いました。聞いてみると、中々いいのです。最初はつまらん!!と思っていても聞きなおすと、別な刺激が来るのか?「ああそうか”!」と思います。ノウハウを90分で学べるわけも無く、自分の脳みそのカンフル剤として重宝しています。歯科医は思いのほか「家内制手工業」です。殻に閉じこもりがちです。のんびりとしてるときに刺激が受けられる、「本を聞く」のはお勧めです。、

2006年2月 1日 (水)

運の話

441502057709 院長室のかたずけをしています。1週間経つと、もうぐちゃぐちゃです。こまめに、すればいいのでしょうが・・・捨てるのは得意です。潔く大事なものまで捨ててしまいます。片付けと整理が苦手みたいです。折角スタッフがそろえてくれた資料を、僕が見るとどこかにいってしまいます。今も目の前のパソコンの上に、やっと探し出したiPODのケーブルがぶら下がっています。

さて折角、かたずけるのだから、何か飾り物でもと、風水の本を買いました。「ついでに運も良くならんかな?」と下心満載です。巷にあふれている風水関係の本、とくに○○ターコパさんの本は何か買う気が起きず、「来夢」という人の監修で出ているこの本を選びました(この人を選んだのは後ほど)今まで、開運とかに関心がありませでした。運は確実にあると思っています。

当院の地鎮祭のときにお願いした神主さんの絞めの言葉が頭に残っています。「全て今日のお払いでこの医院を清めました。これからどんな悪いことが起きても、それはあなたの責任です。良いこともね」 制約のある土地に制約のあるお金、占いどうりに建てられるわけもありません(玄関の位置は親が強硬に反対しました)それも含めて地鎮祭をするわけですから。

この本で気に入ったのは「風水に振り回されない。全部を決めるのは、無理。バランスで行いましょう」「インテリアやグッズに頼る前に、掃除と整理整頓」 なるほどね折角の神様も汚いとこにはいたくないでしょうし。それを読んでから、東向きの出窓の整理をしました。採光が良くなり、風さえも気持ちよく感じます。

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